いいかんじ

いいへんじのひとです、いいかんじです

そろそろ次の記事を投稿してみませんか?

とのお知らせが、はてなブログから届いた。ああ、もうひとつきも経ってしまったんだ。いろいろなことがじわじわと変わっていったひとつきだった。

劇団のブログを開設したので、こちらには何を書いたらいいのか分からなくなってしまった。というか、あちらとこちらがオモテの顔とウラの顔みたいになってしまうような気がして、それはなんかちょっとちがうんだよなあ、と思ったり、まずわたしが何をもってあちらに書くかこちらに書くかを決めるかが難しい。ので、これからこちらには詩歌を残していきたいと思う。

そもそも、何を書くかを決めずにこのブログをはじめたら、結果的に「面と向かっては言えないけれど、めちゃくちゃ言いたいことがあって、あなたに言ってるんですよこれというのをめちゃくちゃにおわせつつ、なんかいいかんじに書くブログ」になっていた。あくまでも、いいかんじに、それっぽく。「あなた」ではない「だれか」は、これを読んで何を感じたんだろう。はあ、恥ずかしい。もうわたしはあのときのわたしではないから、その「だれか」に近い。何うだうだ言ってんだよ直接言え!って、まあ実際に直接言ったからそう思えるのだけど。もしくは、もう、?

人間失格』の稽古で、人間の条件について考えた。そのひとつは、「だれかにとってのあて先であること」だと思った。直接的な感情、他でもないわたしに対する感情。それは、伝える伝えないは別として、伝える類のもの、みたいな。うまくは言えないけれど、とりあえず、わたしあての気持ちがわたしに届いたり、だれかの中に下書きのまま残っていたりする思う。わたしが人間なら。というか、そうであってほしいという希望。

強く、何かを思うとき、それがあて先のある感情なのか、はっきりしない感情なのかどうか、それだけは分かっていたいと思った。それをごちゃまぜにして、なんでもかんでもポエムみたいなものにしちゃいけない、と。そうしてなかったらもうちょっと違っていたのかもしれない、何かが。あの夜、ちょっとだけ後悔した。何を言いたいのかというと、何かちがうかたちにして気持ちを表現したいなら、ちゃんとあて先に届けてからにしようと決めたということ。

とりあえず、こっちは詩歌用に。あのときを大切にするための場所にします。

上塗り

きれいごとは、きれいでないことをきれいだというから、きれいごとなんだろう。だとしたら、あの夜のすべては、きれいだ。きっと、きれいごとなんかじゃない。わたしが言う、わたし自身が言うんだから、きっとそうだ。そうだろう、世界。そう言わせてくれ、世界。世界という名の、小さな世間。

お人好しで、期待されがちで、いつもめちゃくちゃ不安なくせに、返事だけはいい。自分が好きな自分が嫌いで、嫌うことだけで救われていた。確かなものにしてほしかった。ほかでもない、あなたたちに。それ相応のものをずっと保ってきたつもりだったけど、いろんなものが溢れ出して、失望されるのがこわかった。「えーマジ、意外と気が小さいんだねえ」

正直、あの話が聞ければ、もうそれでよかった。負け惜しみではなく、きれいごとではなく、ほんとうに、満たされたんだ。ひとからは言われなれているそれは、ずっとうれしくもなんともなくて、イヤになりつつあるくらいで、でも、あなたに言われて、うれしかった。言うまで、言われるまで、気づかなかったけど、ほんとうはそれが聞きたかっただけだったんだ。わたしが泣いたのは、恋のせいじゃない。そんなものとっくに終わっていた。

高い珈琲、いつもの感じ、安いメッセージ、23時、5時、朝日の中を歩くことが、東京に来て増えてきた。全部、全部、踏みしめるたびに、強くなってる、って思った。

屑だ。ほんとうに、屑だ。こんなに屑だとは思わなかった。でも、愛してる。屑だけど、屑だから、愛してる。いままでも、いまも、たぶんこれからも、悔しいけど、愛してしまう。わたしがいちばん狂ってるんだ。

わたしは逃げない。だれかを愛することでしかわたしを愛せないことから、逃げない。うそ。どうしたってわたしはわたしを愛してしまうことから、逃げない。どうしようもないあなたたちを愛してしまうことから、逃げない。逃げない。強いから。

まーた言ってるよ、って思うでしょう。面と向かって言わないくせに、愛してるとか言ってんじゃねえ、って、思うでしょう。それからも、逃げない。詩的な、曖昧な、だれかさんのような、比喩表現には、逃げない。句点を使う。まっすぐに書く。

っしゃ!月並みの歌みたいで、きれいだ!それはそれで、それとしてきれいなんだ、全部。

あの

あの、渦を巻くような熱、爆音の中で、わたしたちは、たしかに、声を、目を、肌を、合わせていた。あのとき、あなたが「冗談じゃなくて、本気で」という類の言葉を発したこと、あなたは、覚えているだろうか。

冗談じゃない、という、冗談だったのだろうか。少なくとも、あのときのわたしは、本気でそれを受け取った。本気で受け取ったけれども、冗談で返してしまった。「それ、どういうつもりで言ってるの?」

現実や日常みたいなものからは、切り離されたあの場所は、知らない自分に出会う場所、だったらしい。知らない自分、それが、いわゆる本音なのかは置いといて。

たしかに、あのときのわたしは、わたしの知らないわたしだったし、あのときのあなたは、わたしの知らないあなただった。それを、鮮明に思い出すことは、もうできない。もしかしたら、夢だったのかもしれない。わたしたちは、もうあの場所にはいないから。

あのときは、あのときでしかなくて、あのときの言葉が、冗談でも、本気でも、あなたの知らないあなたが発した、よくわからない次元のものでも、いまはいまで。

だけど、やっぱり、

あのときのあなたに聞きたい、本気で、本気?って。 あのときのあなたに言いたい、わたしは本気、って。

あのときのあなたに、連れ出してほしかった。

わたしたちの間にあるものは、知らないうちに、かたちを変えてしまったけれど、わたしはわりと、あのときから、変わらないことのほうが多いよ。

あの場所に代わる場所は、わたしがつくる。だから、いつか、面と向かって聞いてほしい

花冷え

どちらも、愛しているけど、あなたも、どちらも、愛しているんだろうけど、どちらも、手に入れられるのは、わたしか、あなたか、どちらかでしょう、そしたら、わたしは、あなたを、嫌いにならなきゃいけないの?

それが、こわかったの

でも、いいかげんにしろ、わたし

前夜

ワンピースを着た。いつもよりも時間をかけてお化粧をした。美味しいものを食べた。ずっと会いたかったひとに会って、お話をした。だれかのためのものだと、つねづね思っていることを、今日は、わたしのためにした。今日は、ゆるしてほしかった。

いつだって、あきらめたふりをしながら、ほんとうはどこかで、気づいてほしい、ゆるしてほしいと思っている。わたしだけでは、わたしをゆるせないから、あなたに、気づいてほしいと思っている。いつだって。

ただ、わたしが思っているよりも、わたしをゆるしてくれるひとはたくさんいて、ここ最近は、それに気づけるようになって、素直にありがとうと言えるようになってきた気がする。意地を張ったり、ごめんなさいと言うよりも、きちんとありがとうをして、その分、わたしもそのひとをゆるしてあげられたらいい。そのほうが、ぜったいにハッピーだ。素直になる、なんて、大人になることと、反対のことだと思っていたけれど、どうやらちがったみたい。

気づいてくれるひとがいる、ゆるしてくれるひとがいる、そのことに気づけることがしあわせだ。満たされている、いま、とても。

だから、また明日、だれかのために、起き上がって、布団から這い出して、生きようって思うし、それこそがきっと、最高の「わたしのため」なんだと思う。

最高の一週間にします。

チーズケーキ

わたしは、ここにいたい。

だからこそ、目を離したすきにいなくなっちゃうようなひとに惹かれるんだろうし、惹かれるひとは目を離したすきにいなくなっちゃうんだろうなあと思う。

どうしたら、目を離したすきにいなくなっちゃうようなひとが、ここにいてくれるかなあ。いろんなところをふらっとしていたいけど、やっぱりここがいいって思って、戻ってきてくれるかなあ。

でも、やっぱり、どっちでもいいや。わたしは、ここにいたまま、惹かれつづけているんだろうし、どっちが強くて弱いとかないし。きっとどっちも強くて弱いし。

わたしは、ここにいます。

いちばん

ものごとには順番というものがありまして、その順番というものにもいろいろありまして、どの順番にしようかという、その順番もありまして、順番順番言いすぎて、何がしたいのかわかりません。

待っているひとがいるのかもしれない。なんとなくそんな気がするけれど、順番がある、順番があるの、そのひとに、いや、わたし自身に、言って聞かせている毎日です。

たまごサンドを選ぶように、今日もまた選んでしまうものがあって、それはいつも同じ味で、わたしはそれに安心して、でも、それ以上にさみしくて、いろいろありすぎて、かえってなにもなくて、それでも、満たさなきゃいけない空腹が、満たさなきゃいけない空白が、あって、とりあえず、たまごサンドを、なんでもないことを、選んでしまっているだけであって、わたしはほんとうにたまごサンドが一番好きなのだろうか、ひとりになってから、不安になる。いや、ちゃんと好きだけど、いつか、それを追いこそうとしているもの、こっちを見ながら待っていること、わたしは知っている。

一番もなにも、一つしかない